6月4日の夜に1ヶ月居たギリシャを離れてついにイスタンブール行きの夜行バスに乗った。夜行バスは今まで見たことのないデラックス仕様で、中はまるで飛行機のようだった。運転手のほかに添乗員の若い男性までいて、温かいお茶やお菓子をサービスしてくれた。
夜中の1時前に初めての休憩があり、畑の真ん中に立つレストランで下ろされた。運転手に確認すると休憩は15分だというのでトイレに歯を磨きに行った。5分たった頃、クラクションが鳴る音がしたので驚いて外に出てみると何と、バスは跡形も無く消えていた。私は驚いてぽかんと開いた口がふさがらず、辺りを見渡してみてようやく本当に置いて行かれたことを悟った。今さっきまで営業していたレストランの売店は完全に閉店していて、周りには人一人いなかった。
どうしよう、どうしよう。こんな田舎の暗い道に一人で置いていかれるなんて。荷物の中には貴重品分散のために予備のクレジットカードや現金も入っているのに。これはかなりまずい。パニックになりそうになりながら、落ち着いて考えてみると同じバス会社が1時間後にもイスタンブール行きのバスを運行していることを思い出した。それに乗せてもらうか、それが無理ならこのレストランで夜を明かすしかない。すると誰も居なかったはずの道に車が1台通りかかった。
大声をあげて駆け寄ると、ギリシャ人のおじさんが停まってくれた。おじさんは英語が一つも分からなかったものの、身振り手振りでどうにかバスに乗り遅れたということが伝わった。おじさんは外国人の友達が同じバスに乗るので見送りに来たようだった。その友達に電話を掛けてくれて、バスの運転手に戻るように伝えてくれた。あぁ良かった、と思ったのの束の間で何故か運転手は私を迎えにくるのを拒否した。時間がないとか言っているようだった。まだ10分すら立っていないのに。私は怒りで毛細血管が切れそうだった。
私がおじさんに「どうしてもそのバスに乗らないといけないんです」と必死に訴えると、おじさんは「俺に任せろ」と言って私を畑仕事用の軽トラに乗せて、シートベルトもしないまま深夜の高速道路を時速100キロでぶっ飛ばした。15分くらい走ったあと、ようやく料金所の前で停まっているバスに追いついた。私はおじさんに何度もお礼を言い、僅かなユーロ札を渡そうとしたがおじさんは「いいんだよ、気にしなくて」と言って受け取ろうとしなかった。
するとバスの運転手が降りてきて、おじさんにお礼を言った後いくらかのお金を渡した。そして私に「5分って言っただろう」と言いがかりをつけてきたので、私は「添乗員までいるくせに客の人数すら確認しないまま出発するなんてどれだけ粗末なんだ」と怒鳴り返した。2階建てバスの全乗客の視線を集めながら席に戻り、おじさんに対する感謝の気持ちと運転手に対する悔しい気持ちで入り乱れる頭を冷やしながら眠りに着いた。そして次の日の朝、10時間かけてイスタンブールの街に着いた。
イスタンブールは2年前に当時付き合っていた人と訪れたことがあるので2回目だった。タクシム広場でバスを下ろされると、2年前に食事したレストランが丁度目の前にあって少し感傷にふけながら小雨の中を一人で歩いた。中級のホテルに泊まり、毎日レストランで食事して、お土産を山ほど買っていた私が小汚いバックパックひとつでまたこの街に戻ってくるとは。
路地裏を歩いて事前に目星をつけていたホステルに辿り着いた。イスタンブールは大都会だというのに街の人が本当に親切で、バス停からここまで来るまで何人かの人がわざわざ向こうから声を掛けてくれて道案内してくれた。ホステルに着いたのはまだ朝早かったので受付のおじさんはソファーベッドで寝ていた。それでもおじさんは嫌な顔一つせずに私を通してくれて、熱いお茶や切った果物やシャワーをすすめてくれた。おじさんの眼鏡の奥のつぶらな目からはそれが義務でやっていることではなく、喜んでやっていることなんだということが伝わってきて、改めてトルコ人の優しさに胸が熱くなった。
そのホステルはイスタンブールで一番安い宿(SOHO HOSTEL:8ユーロ)で、部屋は狭いし、隣が明け方まで大音量でライブミュージックを流すバーでうるさくて眠れないのだけれど、おじさんに会うためだけに今でもまた泊まりたいと思うほど印象の良い宿だった。
イスタンブールではホステルで知り合ったブルガリア人の女の子ラディとイギリス人のすごく面白くてハイテンションなおばさんと3人で公園に行ったりした他、一人でタクシム広場からスルタンアフメット地区まで1時間くらい散歩したりした。
あまり観光する気になれず、田舎でしばらく過ごしたいと思ったのでWorkawayを見てボランティアを募集している農場主に連絡してみた。すると「明日からでも来ていいよ」と言われたので、イスタンブールには1泊しただけで、早速その日の夜行バスに乗って農場があるボドルムまで向かうことにした。
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