キャンピングカーの旅3日目の朝は、ベルンを一望できるグルテンという丘にケーブルカーで登った。グルテンでも夏になると音楽フェスがあり、有名なバンドが来て大勢の人が盛り上がるらしい。ヨーロッパの夏はきっと私が想像する以上に素晴らしいのだろう。私もいつか体験してみたい。
写真を撮ったあとはインターレーケンに向かった。スイスの人曰く「最もスイスらしい景色が見れる場所」らしい。行ってみて私も納得した。うん、確かにアルプスの少女ハイジに出てきそうなところだ。湖の向こう側の山や空なんて、まるでフォトショップで合成した絵のようで本物の景色とは思えなかった。
スイスに来てからは私の中の「世界絶景ランキング」が毎日塗り替えられている。インターレーケンではユングフラウというスイス屈指の高い山も見た。とんがった山頂はまだ9月だというのに深い雪で覆われていた。きっと氷河でできているのだろう。
インターレーケンを堪能した後はグリンデンワルドという山の中の町へ向かった。ここはアルプスの少女ハイジの舞台になった場所らしく、日本人観光客の姿をたくさん見つけた。街の中にはモンベルのショップまであった。私たちは町の外れにある駐車場に車を停めて、その晩はそこに泊まることにした。駐車場の目の前にはノースフェイスという多分あのブランドの名前の由来になった山があった。夕食を食べに入ったレストランでは日本人の年輩女性がシェフとして働いていてスイスの労働事情などを伺った。夜はさすがに山の中なので今までで一番寒く、震えながら寝袋にくるまって寝た。
4日目の朝は起きると太陽が出ていて、昨日は雲で見えなかった山頂が見えた。わずかな駐車料金を払っただけでこんな絶景の中に泊まれるなんてとてもお得な気分だった。きっとここで夜を明かしたことはずっと思い出に残るだろうねなんて言いあった。
パンで簡単に朝ごはんを済ませたあとは、このキャンピングカーの旅で一番の難所になるサステン峠とゴタール峠に向かった。サステン峠には濃い霧がかかっていて目の前が全く見えない時もあった。
高い山をぐんぐん登って頂上に着くと、その先には次の山につながる道があって、そこがゴタール峠の入り口だった。ゴタール峠もまた絶景だった。雲の上をいくような道を長い間走ると、頂上には氷のように冷たい水をたたえた湖があった。空気は刺すように冷たく、ここの標高がとても高いことを証明していた。近くには軍事基地もあり、軍の車が行き交っていた。
昼食用に唯一営業していた屋台でソーセージを買うと、売っていたおじさんはイタリア語で接客した。そうか、ここからスイス・イタリア圏に入るんだ。イタリアじゃないのにイタリア語で話す地域があるなんて面白いなぁと感心した。だいたいスイスのドイツ語圏やフランス語圏の人はドイツ語とフランス語の他に英語も話せるのだが、イタリア語圏の人はだいたいイタリア語だけしか話せなかった。去年本場のイタリアに行った時もそんな感じだった。きっとイタリアの人は自分の国にとても満足していて、食事も世界で一番美味しいから他の国へ行く必要もないし、だから言葉なんて勉強する必要がないのだろう。イタリア語圏の人もそんな感じだろうか。
昼食を食べたあと車の中で昼寝して、夕方にロカルノという町に着いた。ロカルノ国際映画祭で有名なイタリア語圏の町だ。チェコに着いてから今までずっと肌寒くてジャケットなしでは歩けない天気だったのに、イタリア語圏に入ると暖かくて一日中お日様が射していた。まるでエストニアの夏の続きに戻ってきたみたいだ。湖のほとりにあるキャンプサイトに車を停めた。泳いでいる人もいた。
夜はロカルノの町の中心地に行き、イタリアンレストランで夕飯を食べた。外の席は広場に面していて、夜も暖かく、まわりでは大勢の人がワインを片手に賑やかに食事していてイタリアを思わせた。ボンゴレ・スパゲティは日本を出てから食べたものの中で一番美味しかった。値段も他のスイスの町より格段に安くて良心的だった。私はチューリッヒでベジタリアンのランチセットに3千円以上払ったこともある。この国の物価では全くバックパッカー旅行なんて成り立たないので、スイスでは節約することは諦めて盛大にお金を使っていた。夕飯を食べたあとはジェラートを片手に湖のまわりを散歩した。私はすっかりロカルノが気に入った。
5日目はロカルノからまた山に入り、ヴァレ・マッジオという地域に向かった。ヴァレ・マッジオでは全ての建物が石積みでできていた。手で積み重ねたであろう家々にはひとつひとつの歴史が感じられた。集落は何十キロも山の奥まで続いていた。
私たちはロマンのお父さんに薦められた山奥のレストランへ行った。車を降りてから山の中を歩いていくと水が湧いている岩場があり、その横に隠れ家レストランがあった。有名らしく、たくさんのお客さんが来ていた。お店の看板メニューはポレンタという、とうもろこしを潰して擂って蒸した料理でこれにうさぎのシチューや自家製のチーズやソーセージをあわせて食べた。ほっぺたが落ちるほど美味しかった。この地域ではワインは陶器で出来た小さな茶碗で飲むようになっていた。飲みやすくて何杯でも飲めた。
昼食後は深い山奥にある、何年か前にできた新しい教会を訪れた。教会はすべて白と黒の石を使って出来ていて現代アート風ですごくかっこよかった。僻地なのに教会があるおかげで観光客の姿がちらほら見受けられて、良い村おこしになっていると感心した。
教会からさらに山奥に進んだところにラヴィッツァラという小さな村を見つけた。この村ではスイスのイタリア語の方言が話されていて、まったく別の言葉のように聞こえた。村唯一の商店であるコープは何十年前も昔から同じ看板の絵が目印だった。
私たちはその村でお茶を飲んだ後、車でしばらく走り、道端に車を停めて外で自炊した。夕飯に野菜のスープを作って食べた。ロマンは運転の疲れを癒すために少し休んだ後、ルガーノという町まで行ってその晩は駐車場で寝ることにした。ルガーノではあまり良い場所が見つからず、仕方なく交通量が多くて人目につく道の脇に車を停めた。警察に捕まるんじゃないかと緊張していたが、私たちの車がアイスクリームの屋台にしか見えないことから誰もこの中に人が寝ているなんて思わず、誰にも疑われなかった。
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