エストニアを定刻より３０分前に出発した飛行機は、夜の１０時にチェコのプラハに着いた。緊張しながら到着ゲートをくぐってロビーに出ると彼はちゃんと迎えに来ていた。ロマンは私の大切な友達で、６月の初めに東京のパーティーで出会った。彼は私より１つ年上のスイス人で、仕事のプロジェクトで年の初めからベトナムに３ヶ月間派遣されていた。しかし仕事が多忙を極めた為に心身のバランスを崩し、会社から半年の休暇をもらいアジアを旅していた。香港や澳門を旅したあと東京へ来て、そこで知り合った。その後何度か一緒に食事したりするうちに仲良くなり、２週間ぐらい一緒に暮らした。
彼とは本当に色々なところへ一緒に出掛けた。夜の皇居を一緒に散歩したり、伊東の温泉に行ったり、新宿御苑でピクニックしたり、どしゃぶりの日に高尾山に登ったり、彼と出会ってからの１ヶ月は毎日が楽しくてあっという間に過ぎていった。でもどんなに楽しくても別れる時は、彼は外国人だし、こういう付き合いは割り切っているだろうから、もう二度と会えないんだろうと思って覚悟していた。彼は自分の旅の続きに戻り、飛行機を使わずフェリーと鉄道だけで韓国と中国とモンゴルへ行き、その後スイスに帰国した。私は悲しくて、自分の世界旅行の準備にも身が入らず毎日彼のことばかり考えていた。すると彼がスイスに遊びにおいでよと言ってくれて、私は自分の旅程を変えてまずヨーロッパに向かうことにしたのだった。
私はこの旅行を計画し始めた２年前から入念な旅程を立てていた。なるべく陸路で各国のベストシーズンを周れるように何百時間もインターネットや本を読んで調べ、粗末な手書きの表に書き、その２年間会う人会う人に見せては意見を聞いていたのだった。しかも私はアジアの国々に最も興味があり、アジアを心行くまで旅することがこの旅の最大の目的だった。退職する時期でさえ、出発してからチベットのベストシーズンに間に合うように考えて選んだ。ヨーロッパは物価が高いし、あまり興味もないし、いつでも行けるので年寄りになってから行けばいいと思って今回の旅行では行かない予定でいた。それが、たった一人の人に会いたいがためだけに２年間の計画を変えてしまうことになるなんて。単純な人間だから仕方が無い。そんな理由で私は急遽ロシアのビザを取ってシベリア鉄道に乗ってヨーロッパまで来た。
チェコまで来るのは本当に長い道のりだったので、もう何年も会っていない人に会うような再会の感動があった。まだ東京で別れてから２ヶ月しか経っていないということが信じられなかった。その間にいくつの宿にチェックインし、いくつの人と出会い、いくつの違う景色を見たことか。その夜はお互いこの２ヶ月の間に何があったか報告しあい、一緒に笑った。彼と再会できたことが心から嬉しかった。
翌日はプラハを観光した。黒い石畳が隙間無く敷かれた道はタイムスリップしたようにすべてが昔のままの町並みで、その中をレトロな路面電車が走っていた。建物はどれも細部の装飾が凝っていて、どこを撮っても絵になる街だった。私たちはプラハに４日間滞在し、観光したり、バレエを見たり、夜はジャズを聴きに行ったりして毎日とても充実した時間を過ごした。
プラハのあとは私の希望でカルロヴィヴァリィというドイツとの国境に近い町を訪ねた。ここはどうやら温泉が有名で、私は久しぶりに湯船に浸かりたかった。しかし、行ってみると事前に調べた公共浴場は一つも見つからなかった。チェコの人は温泉といえば飲むもので、入浴するものではないらしかった。皆じょうろのような形をした陶器で出来た平たいマグを片手に、源泉をまわり、硫黄の強烈な匂いを放つ温泉水をごくごく飲んでいた。私たちはこの町で１泊し、翌日電車でドイツのニュルンベルクに向かった。
ニュルンベルクにも１泊し、時間がなかったので大聖堂をちらっと見学しただけでバスに乗り、シュトゥットガルトを経由して夕方にスイスのチューリッヒに着いた。
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