パレスチナ~現実をみつめる、ヘブロンのゴーストタウンとユダヤ人入植者の行進~

SM好きの変態ホストハッサンとの良い関係には突然終わりが訪れた。ハッサンの家に来て6日目に、泊めてくれたお礼に巻き寿司を作ることにした。8時に夕飯を食べる約束をしていたけれど、毎度の事ながら約束の時間は守られなかった。どうやらハッサンの世界には全く時間の感覚が存在しないようだった。昼間一人でエルサレムを観光してから家に戻り、レシピを見ながら初めての寿司をがんばって作った。張り切って肉じゃがも作り、ハッサンの帰りを待った。でも車がガレージに入る音がしたのは深夜12時を過ぎてからだった。

ハッサンは笑顔もないまま無言でキッチンに入ってきた。「今まで何してたの。もう3時間以上待っていたんだよ」と問い詰めると、それに対する答えはないまま低い声で「飯はどこだ」と聞いてきた。お皿によそった寿司や肉じゃがをテーブルに並べるとすぐさま「一体このじゃがいものどこが日本料理なんだ」と不機嫌そうな顔をして言った。何だかいつもとは別人みたいだ、と思いながら「まぁ食べてみたら分かるから」とすすめると、ひとくち口に含んだ後、すぐさま「何だ、これ。まずい。寿司の方がまだマシだ」と言って皿によそった肉じゃがをまるで捨てるように鍋に戻した。

私はびっくりして一瞬言葉を失った。そして、ハッサンのあまりの無礼さが頭にきて「ねぇ、人を何時間も待たせた挙句、その態度いったい何なの。仕事で何があったか知らないけどそのストレスを私にぶつけるのやめてくれない」と主婦のように怒った。するとハッサンは寿司だってまだ二つしか食べていないのに、「もういらない。店に戻る」といって席を立って出て行った。

a mother mary statue on the floor at Hassan's factory
ハッサンのお土産工場の床に落ちていた、マリア様の像

後姿を見ながら可哀想な男だ、と思った。ハッサンは毎日のように私に「もうあんな性奴隷たちとの関係には飽きた。早くちゃんとした女の人と結婚して子供を作りたい。俺と君が結婚するのはどうかな。きっとお似合いのカップルになると思うんだけど」としつこく言ってきた。きっとハッサンの周りにはろくな女が一人もいないんだな、と想像した。でもそれはハッサンが悪いのだった。いくらお金持ちだって誰もこんな子供のような男とは結婚したがらないだろう。ハッサンの周りの女の子たちは彼の親しみやすい性格とお金に惹かれて集まっていた。でもハッサンがその女の子たちに結婚価値が無いと思っているのと同様に、女の子たちも遊び目的だった。

4人で一緒に死海に行った時、ハッサンは車の中で女の子たちと大喧嘩をした。全部アラビア語だったのでほとんど理解できなかったけど、後で原因が私であることを知った。ハッサンは私と女の子たちを比べ、彼女たちの行儀の悪さやマナーの無さ、家事を全く手伝わないことを叱っていたのだった。またハッサンはいかに私のことを気に入っているか彼女たちに話したため、嫉妬を買い家に帰ってからも大喧嘩が続いた。女の子たちが帰った後ハッサンの腕を見ると痛々しい噛み跡がいくつもあった。

そろそろこの家を出たほうがいいかもしれない。私はそう思って一人で夕飯を食べた後、荷造りをしてベッドに横になった。ちょうど寝かけていると玄関からハッサンがこの間の女の子の内の一人を連れて帰ってきた。すると一分もしないうちにまた言い争いが始まり、この間よりもっと乱暴な口調の怒鳴りあいが聞こえてきた。女の子は近所中に響き渡るような大きな声で叫びまくり、ハッサンも負けずにどすのきいた声で怒鳴っていた。すると暴力もはじまり、お互いをぶったり蹴ったりする音が聞こえた。女の子はヒステリーを起こし、棚に飾ってあったものを全部床にぶちまけ雷のような音を響かせた。出ていって止めなくては、とも思ったけれどカップルの喧嘩に口を挟むのもなと思ってそのまま寝ることにした。

次の日の朝、私はハッサンに長い手紙と欲しがっていた料理のレシピを書き残して彼の家を出た。直接話し合うことも考えたけれどハッサンが起きるのを待っていたら12時過ぎてしまうのでやめた。昨日の夕飯のことだけが頭にきたのではなく、一番嫌になったのは人の時間をちっとも大切にしないことだった。ハッサンと何か約束すると、彼を待つことだけに一日6時間以上無駄にする日が続いた。時間にルーズな中東には慣れていたとはいえ、さすがにこれには付き合いきれなかった。

私はエルサレム行きのバスに飛び乗り、エルサレムに着いてからはミニバンに乗り換えてヘブロンという町に向かった。へブロンもパレスチナ自治区にある町で、キリスト教徒が多いベツレヘムより保守的でとてもイスラムの宗教色が強い町だった。また近年はパレスチナ人とイスラエル人入植者の衝突や虐殺の舞台になることが多かった。へブロンに来たのはハッサンの友達のマリアが、「もし本当のパレスチナの問題を見たいのならへブロンに行くのが一番いい」と勧めてくれたからだった。

(※イスラエル人入植者とは:本来は立入禁止のパレスチナ自治区の中に勝手に家を建てて入植する人たちのこと。入植するとイスラエル政府から入植補助金が出るため、移住してくるのは仕事を持たずにユダヤ教の勉強に一生を費やす「正統派」の人たちが多い)

へブロンはパレスチナの中心となる町のひとつで、中心部にはたくさんの店が並び買い物客でごったがえしていた。市場では商人たちの活気の良い声が響き渡り、アジア人はおろか外国人観光客の影はひとつもなかった。町中の視線を受けながらちょっと恥ずかしい気持ちで歩いていると、いつものように「ニーハオ」と声を掛けられたがその言い方にどことなくバカにしたようなニュアンスを感じた。いつまでたっても中国人に間違われてバカにされることには慣れなかった。

その後親切なお菓子屋さんの倉庫にバックパックを置かせてもらってから野菜市場を通ってアブラハム・モスクへ向かった。アブラハム・モスクの地下にはマクペラの洞窟と呼ばれる墓があり、旧約聖書に出てくる人類の創始者・アブラハムとサラとその子供たちが埋葬されていることから、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教の聖地として崇められていた。

1994年にはここに礼拝に来ていたパレスチナのイスラム教徒29人をアメリカ系ユダヤ人の男が撃ち殺すという虐殺事件が起きていて、それ以来イスラム教徒とユダヤ教徒の礼拝場所は隔離され、モスクの周りは兵士によって厳重に警戒されていた。

Ibrahimi Mosque
アブラハム・モスク

モスクの中は今まで見たどのモスクよりも色鮮やかで美しい装飾で飾られていた。こういった美しいイスラム建築を見ると、やっぱりイスラム建築は世界一だと感じざるをえない。

detalied ceiling
細部の絵が美しい天井
there are tombs inside
中にはお墓がある

見学を終えてから、警備のチェックポイントを超えてユダヤ人居住区に入ってみることにした。警備していた若いイスラエル兵が話しかけてきたので、少しの間立ち話した。私は彼が肩からかけている大きな銃を指差し、それで人を撃ったことがあるか聞いてみた。

「ないよ。滅多に使うことなんてないんだ。だいたいいつも平和だからね。戦争を望んでいる人なんてほとんどいないんだよ。人を憎しみ合うことに意味なんてあると思うかい。僕はパレスチナ人が憎いと思ったことなんて、一度も無いよ」と彼は言った。

私は、彼は軍服を着て長い銃を担いでいるけど私と変わらない普通の人間なんだ、と思い嬉しい気持ちになった。イスラエルでは男女とも3年間の兵役が義務付けられているため、兵士だからといって別に彼らが戦争をしたくて志願したわけではなかった。

friendly soldiers
気さくなイスラエル兵たち

でもその後この兵士と会った場所で、一週間前にパレスチナ人の少年がイスラエル兵に銃殺されたばかりだということを知り絶句した。その少年の死は平和のうちに入るんだろうか。

そのまま一人でユダヤ人居住区を歩いていくととても静かな場所に辿り着いた。辺りの住宅や商店は何年もシャッターを閉じたままのようで、色褪せた景色が広がっていた。路上で遊んでいた子供が小銭をねだりにくる以外、人の気配は一切無く、イスラエルの国旗が風にはためく以外何の音もないしない場所だった。

閉まった商店のドアにプレートが掲げられていた。見てみるとそこには2003年にこの店の前でユダヤ人の夫と妊娠中の妻が、パレスチナ人の自爆テロによって命を奪われたことが記されていた。そしてこの一体のエリアは、もともとパレスチナ人の野菜市場として賑わっていたが、モスクでの虐殺があって以来パレスチナ人は締め出されて今はイスラエル人入植者と観光客しか入れないようになっているということを後で知った。

ghost town
ゴーストタウン
 the former vegetable market
昔野菜市場として賑わっていた通り。今は面影もない。
a Jewish settler standing beside an abandoned apartment
廃墟と化したアパートの前にユダヤ人入植者が立っている
a memorial sign of Jewish victims of suicide bombing
自爆テロの犠牲者を追悼する看板
a sign indicating why the area was closed down
このエリアを閉じたのは、パレスチナ人からイスラエル人を守るためだとするイスラエル政府の看板

こんなに静かで平和なところで自爆テロがあったなんて信じられなかった。またそんなところに自分が今立っているなんて。きっとテレビでよく報道されているパレスチナ問題のニュースで知らずのうちに見たことがあったかもしれない。

パレスチナに来る前は、パレスチナとイスラエルというのは危ない国で、宗教のためにお互いを殺しあってばかりいる世界の中でも特殊なエリアだと思っていた。でも、実際ここに来て感じたのは他の国と全く変わらないということ。みんな平和な日常生活を送っていて、家族を大切にしていて、よく笑ってよく怒る、他の国と全く変わらない景色がそこにはあった。だからこそこのゴーストタウンを目の当たりにして、より一層の悲しみが心の中に襲ってきた。

another friendly soldier
「俺を写真に撮れ」とせがむ、フレンドリーなイスラエル兵たち
Palestinian children on a school trip
遠足でアブラハム・モスクを訪れていたパレスチナの子供たち。皆写真が大好き

ゴーストタウンを後にして市場を歩いていると、向こうからアジア人の女の子が歩いてくるのが見えた。そして次の瞬間、それがアルメニアで初めて会いベルリンで再会した同じく日本人長期旅行者のあゆみさんであることに気がついた。

「あゆみさん」と大きな声で呼ぶと、あゆみさんは何秒かしたあと私であるということに気がつき市場中に聞こえる声でキャーっと叫んだ。「信じられない、何でここにいるんですか」私たちはお互い興奮して大騒ぎしながら再会を喜んだ。

こんな小さな田舎町でばったり遭遇するなんて。それに日本語で話したのも久しぶりだったので自分の声を聞くのも不思議な感じがした。最後にまともな日本語の会話をしたのは去年の12月にベルリンであゆみさんに会った時以来かもしれない。

Ayumi and I, at the corner we ran into each other
あゆみさんとばったり会った角で記念撮影

抱き合って再会を喜んでいると、目の前の商店のおじさんが出てきてにっこりと笑った。あゆみさんは嬉しそうな声で「彼女、私の友達なんです。こんな偶然があるなんて、世界って本当に狭いんですね」と言った。するとおじさんはもっと嬉しそうな顔をして、「そうなんだよ、世界って本当に狭いんだ。ちょっと言わせてもらってもいいかい。世界って本当に小さくて人間の命はすごく短いものなんだ。だからこそお互い愛し合って、助け合って生きていかなくちゃいけないんだ。地球にとってみたら、人間なんてお客さんみたいなものさ。人生なんてあっという間に過ぎていくんだ。大地に一瞬だけ吹いた風のようにね。だから人を憎しみ合う時間なんてないんだよ。殺しあうなんてもってのほかさ。人は皆一緒に生きていかなくちゃいけないんだ」

おじさんのその言葉は私の心に大きく響き、ただのとおりすがりの人のコメントとして受け流せないほど大きく心を揺さぶった。それは特におじさんがこのパレスチナという土地で、生まれてからこれまでありとあらゆる迫害を受けて、今も困難の中に暮らしているというのに、それでも尚そう思えるということが立派で仕方がなくて、思わず涙が出てきてしまうのだった。でも外で泣くのはみっともないのでこっそりと目を拭いて、あゆみさんと近くのベンチに座った。

あゆみさんはもう1ヶ月もパレスチナを旅していて、へブロンに来たのは今日が3回目だと言った。「今日はユダヤ人入植者のツアーというのがあるんです。そのツアーというのはヘブロンに住むユダヤ人入植者がヘブロンの町を行進しながら自らのルーツとなる歴史的な場所を周るというものなんです。彼らの主な目的は自分たちの存在をパレスチナ人に対して示し、自分たちこそがこの土地に元々居た人間なんだということ主張することなんだと思います。40人位のユダヤ人入植者たちに対して60人位の兵士が護衛について町を行進するんです。もうすぐ始まりますよ」

あゆみさんがそう説明してくれた後辺りを見回すと、周りには外国人が15人くらい集まっていた。「中には観光客もいると思いますが、ほとんどが国際平和団体に所属する活動家たちで、オブザーバー(傍観者)として来た人たちです。外国人の目があるとユダヤ人入植者もパレスチナの住民に危害を与え辛いから良いそうです。ユダヤ人入植者は彼らの目がないとパレスチナ人の商店で商品を壊したり、人に石や物を投げて危害を加えるそうです。ユダヤ人入植者はイスラエルの中でも一番過激で暴力的な人たちとして知られていて、パレスチナ人がよく殺されたりするのも兵士では無くてこの人たちがやっているそうなんです。彼らは入植地で銃や武器を持つことを認められていて、仮に何かしても咎められないから平気なんです」と教えてくれた。

あんなに信仰深くて純真そうな人たちが人を殺すなんて、私には想像することができなかったけど、あとでインターネットで調べてみると出てきた画像に言葉を失った。

しばらくすると、ユダヤ人エリアとパレスチナ人エリアの間を区切る大きな鉄の門が開き、中からマシンガンを持ったイスラエル兵が10人くらい出てきた。あゆみさんは「彼らはスナイパーです。万が一入植者たちがパレスチナ人に襲われた時にすぐ上から撃ち殺せるよう、先に出て屋根の上に待機するんです」と教えてくれた。

first the snipers came
最初に出てきたスナイパーの集団

そしてその後総勢100人ぐらいのユダヤ人入植者が、50人くらいの武器をフル装備した兵士に護衛されて出てきた。伝統的な服に身を包んだ入植者たちが次々とパレスチナ人の市場に入っていくと、オブザーバーを初めとする外国人たちは彼らの姿を写真に納めた。それに対してカメラの前でポーズを取るユダヤ人女性までいた。「一体自分が何で写真に撮られているのか、全然分かっていないんですね」とあゆみさんは呆れて言った。

Jewish Settlers
ユダヤ人入植者たち
Soldiers and a dog
兵士たちは犬まで連れてくる
the Rabbi
入植者たちの長であるユダヤ教のラビ(指導者)
going into the Palestinian district
市場に入っていく入植者たち
woman smiling at camera
カメラに向かって手を振ってきた女性
soldiers escort them
護衛する兵士たち

私たちはそのツアーという名の行進のあとに続いて歩き、一時間以上市場を練り歩いた。入植者たちの団体の前と後ろには銃を担いだ兵士たちが護衛にあたり、私たち観光客やパレスチナ人とは一定の距離を保つようにして近づけてくれなかったので、ユダヤ人入植者の様子はあまり分からなかった。ツアーが市場の中に進んでいくと、そこに店を出している人や買い物客のパレスチナ人は全員追いやられて外に出された。

soldiers stand at the end of the tour to avoid forigners and locals
このようにして入植者たちには近づけてくれない

誰かの「あっ」という声を聞いて上を見上げると、建物の上には銃を持ったスナイパーが二人立っていた。その姿をみるとまるで映画やゲームのように現実離れしていて私は思わず鳥肌が立った。

何人かの小さいパレスチナ人の男の子たちが、私たちと一緒にツアーを追いかけて歩いた。あゆみさんと私はこんな環境で育つということが、将来子供たちにどのような影響を及ぼすのか考えてとても心配な気持ちになった。

k
k上を見上げるとこの光景があった
a sniper and a Palestinian girl, excited for photos
自分の写真を撮られていると勘違いしてはしゃぐ無邪気なパレスチナ人の女の子
little children waving hello
格子窓から手を振る子供たち
an Israeli soldier
こちらをじっと見つめるイスラエル兵

たまたま今日この行進に遭遇した自分に出来ることといえば、写真やビデオを撮ることしか出来ないと思ったので、1時間ずっとその様子をカメラに収めていた。そして最も重要なのはこの現実に注目することだと考えた。

注目を集めることでユダヤ人入植者はパレスチナ人に危害を与えづらくなるし、この現実に注目することでパレスチナ人の経験する苦しみや痛みを少しでも理解し、それが彼らを勇気付けることに繋がるんじゃないだろうか。無関心であるということが一番いけないことで、パレスチナで出会った多くの人が私たちを歓迎するのと同時に、パレスチナで見た現実をどうか周りの人に伝えてほしいと口を揃えて言っていた。

夕方にツアーが終わったあと、日が暮れてから町を移動するのはよくないと思いヘブロンに1泊することにした。あゆみさんがカウチサーフィングでお世話になっているパレスチナ人の人のお宅に私も泊めてもらえることになったので、一緒に夕飯を作って3人で食べた。

Ayumi and Mo
あゆみさんと、お世話になったモーさん

夜寝る前に今日一日を振り返り、ヘブロンに来たことはとても良い選択だったと思った。今日見たことは日本に居たらテレビでも絶対に放映されないことで、現実を知ることができた貴重な体験だった。テレビでは一番悪いニュースしか伝えないのと同時に、細かい詳細などは一切ないので、観た人はただその国に近づきたくなくなるだけだった。

この旅に出て一人でロシアやイランやエジプトを旅してからは、つくづくメディアが如何に事実を誇張しているか思い知らされた。だからこそ、これからも自分の目で世界を見て行きたいと思う。それが私の旅のなかで最も重要な目的かもしれない。

a little Palestinian boy waving from an abandoned flat in the ghost town
ゴーストタウンの廃墟になったはずのアパートから手を振る男の子
at Ghost town
ゴーストタウンを救え、と書いたスプレーのメッセージ

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